よいものは・・・。
Facebookを観てくれた方はもう写真は目新しくはないけれど、
あれは1998年くらいだったかしら。
フランス、パリの北駅からThalys(タリス)に乗って
ベルギー、ブリュッセル経由でドイツ、ケルンへ出掛けました。
まだ禁煙席、喫煙席が選べた時代だったし、
まだユーロではなく各国独自の通過でした。
ケルンに出掛けたのは友人に会うため。
彼はドイツ人でありながら着物の勉強に熱心でした。
そんな彼があれこれ刊行に向けて奔走していたのがこの図録。
私も微力ながらお手伝いしました。
家紋の縫い取りの技術説明が印象に残っています。
芥子縫いによる家紋の紋入れについてです。

優れた着物の数々は日本から既に離れてしまっています。
この本に載った着物の多くはどこへ行ったのでしょう。
ちりぢりになってしまったものはもう元には戻りませんが、
どこかでコレクターが大切に保存してくれているものと思いたいです。
また、どこかで公開されることを願ってやみません。
あれは1998年くらいだったかしら。
フランス、パリの北駅からThalys(タリス)に乗って
ベルギー、ブリュッセル経由でドイツ、ケルンへ出掛けました。
まだ禁煙席、喫煙席が選べた時代だったし、
まだユーロではなく各国独自の通過でした。
ケルンに出掛けたのは友人に会うため。
彼はドイツ人でありながら着物の勉強に熱心でした。
そんな彼があれこれ刊行に向けて奔走していたのがこの図録。
私も微力ながらお手伝いしました。
家紋の縫い取りの技術説明が印象に残っています。
芥子縫いによる家紋の紋入れについてです。

優れた着物の数々は日本から既に離れてしまっています。
この本に載った着物の多くはどこへ行ったのでしょう。
ちりぢりになってしまったものはもう元には戻りませんが、
どこかでコレクターが大切に保存してくれているものと思いたいです。
また、どこかで公開されることを願ってやみません。
スポンサーサイト
| HOME |